「俺の歳っていくつだ?」 不意に投げかけられた問いかけにミロは眉を寄せた その問いかけを寄越した相手の顔をまじまじと見て眉間の皺を更に深くする 「…俺の知る限り俺とお前とカミュとムウとアルデバランとシャカは二十歳だろ」 「そうなんだ、どう考えても俺は二十歳…つまり大人なんだ」 呆れたようなミロの言葉にアイオリアは語気を強めて続ける 「兄さんはそれを解ってないとしか思えない!」 成る程な、と口には出さずに納得した 確かにアイオロスはアイオリアを箱入り娘か何かと思ってる気がしないでもない 「娘扱いは名前だけで十分だって言ってやれよ」 「…俺の名は女の名前じゃなくて地名だ」 苦笑いと共にアドバイスすると、むっとしたように返してきた それからしばらくして、悪友の宮を出たアイオリアは軽く溜息をつく 神々の慈悲を受け再びの生を得て、皆がこの地上に…聖域に還ってきた 生きていた頃には互いに告げる事も…想いに気付くこともなかった相手とも思いを通わせることが出来た 幼い日に喪ってしまった唯一の肉親である兄も還ってきて、大切な人たちを取り戻せたのだ よくある映画のハッピーエンドのように、事実それは自身にとって幸せだと思えた しかし…である、世の中そう簡単にはいかないのだと思わされたのである 例えば…今から自分は「思いを通わすことの出来た相手」シュラとの逢瀬に向かおうとしている だが彼の居る磨羯宮へ行くには兄の居る人馬宮を通らなければならない 問題はその兄だ、一度死に別れたときの感覚が抜けきれないのか 未だアイオリアのことを7つの子供だとでも思っている節があるようで 自分たちがそういう間柄なのだと知ったとき 「お前には色恋沙汰はまだ早すぎる!」と言い切ったのだ 二十歳になって誰かと恋愛関係になることのどこが早いのか、と抗議したが通じず 目下の悩みは「どうすれば兄は年相応に扱ってくれるのか」という状態なのだった 「なにやってんだ、お前」 次の宮の主、つまり兄をどうやって説得すべきかと考えあぐね、かけられた声に我に返る 顔を上げた先にはシルバーグレイ、薄香色、黒髪と彩りも鮮やかな3人が降りてくるところだった 「考えていることは解るよ、安心するといい、過保護な君の兄は教皇の間に居る」 その名に違わぬ美しい笑みと共に、アフロディーテは傍らに立つシュラをアイオリアの方に押しやる 「そういう訳で、チャンスは今ってことだ」 そう言ってデスマスクは懐から一枚の封筒を取り出した 「なんだこれは?」 封を開けるとそこにはホテルの宿泊券、日付は今日になっている 「一日早いが誕生祝いだ、このホテルでは日曜に叙事詩の朗読会を行ってるんだよ アルゴナウタイの冒険譚なら君も楽しめるだろう?」 それだけ言うと二人はひらひらと手を振って、もと来た階段を上っていった 「要らぬ気を使わせてしまったのだろうか?」 「解らん…ただ、明日の天気が暴風雨にならんことを祈るしかないな」 困惑を隠さないアイオリアに冗談めかした口調で返したシュラ、思わず顔を見合わせて笑ってしまう 「まぁいいか、とにかく兄さんに気付かれる前に出かけよう」 翆玉の瞳に悪戯っぽい色を浮かべシュラの手を取ったアイオリアは十二宮の出口に向かって駆け下りた その様子を天蠍宮の中でずっと(半ば強制的に)窺わされていた宮の主は 「あと5秒たむろってたらアンタレスまで撃ってたな、俺」 と深い溜息と共に呟いたのだった ========================================== 薄暗い中庭に次々と灯が燈され、人々は冒険譚の余韻をかみ締めながら席を立つ 「偶にはこういうのも悪くないな」 用意されていた部屋に戻ったアイオリアはベッドの端に腰掛けて笑みを浮かべる 「しかしアルゴナウティカとは中々気の利いた演目を選んだものだ」 「確かに、難題を持ちかけられたイアソンに助言を与えたのはアテナだったな」 「それだけではなくて、俺たちの守護する星座にも関わりがあるだろう」 シュラの言葉にアイオリアは怪訝そうに眉を寄せた 「十二宮の星座は『プリクソスの黄金の牡羊』で牡羊座…つまりムウや教皇であるシオン様 『ディオスクーロイ』が双子座でサガとカノン位しか関わっていないだろう」 その問いかけにシュラは少し呆れたように溜息をつくが、すぐに含みのある笑みを浮かべる 「仕方のないやつだな、子供の頃に聞いただけだから忘れたか? 例えばお前の守護星座の獅子座は母神レアの聖なる獅子を表していると言われるし 他の連中にもそれぞれ神話とは違うつながりや象徴を持たせているのだ …あぁ確かその中で魚座だけなかったが女神『アフロディーテ』は登場しているから問題ない」 馬鹿にされたような気がしてアイオリアは思わずシュラを睨もうと顔を上げるが その表情に何か含むものがあるとすぐに気付いた、自分の内に熱を呼び起こすような… 「…ならばシュラ…お前の…山羊座は何を表しているのだ?」 熱を帯びて僅かに潤み始めたその翠を満足げに見たシュラは艶やかな笑みを浮かべる 「山羊座が象徴するのは、リムノス島における………求愛だ」 ゆっくりと互いに倒れこみながらそう告げ、ベッドサイドのスイッチに手を伸ばして灯を落とした 少しばかりの肌寒さを感じて、重い瞼をゆっくりと開いた 同様に重く感じる身体を起こせば薄手のブランケットが滑り落ち、何一つ纏わぬ肌が外気に晒される 「寒いはずだな…こんな姿では」 アイオリアはポツリとつぶやいて、ずり落ちたブランケットを手繰り寄せた 肌を重ねた後の独特の倦怠感、意識も目覚めたばかりとはいえ、はっきりしない だが心だけは温かさに包まれて不思議なくらいに凪いでいた それはきっと…そう思いながら傍らに眠る人物に目を落とす 少し癖のある硬質な髪に指を絡ませると、不意に昨夜の情事が思い出されて顔が熱くなった 誤魔化すように顔を背け、バルコニーに面したガラスの扉越しに視界に飛び込んできたそれに目を奪われる 「…どうしたんだ?」 「……あれを…」 身を起こして問いかけてきたシュラにただ一言だけ答えて外を指差す 「……『ブルーアワー』か…これほど見事なものは珍しいな」 「ああ…どうしてこの景色に気付かずにいられたんだろうな」 夜と夜明けの狭間に空を覆う紺碧の光、それを知らなかったわけではない ただそれを美しいと感じる心の余裕がなかっただけだ 「それでもこの美しいものを知ったのだ、これからは同じ思いでこの空を見ることが出来るはずだ」 気付けば紺碧の光を溶かすように、昇り始めた陽射しが空を満たしはじめていた 「そうだな…出来るなら、また二人で…」 呟きに答える声はなかったが、抱き寄せられた素肌の熱さを確かに感じて瞼を伏せる そのまま触れてきた口唇の感触に、あの紺碧の光同様意識を溶かし込んだ 〜あとがき〜 ほんっっとに最後の最後まで書いては消しの繰り返しでしたが何とか仕上がりました リア誕SSです。いちゃついてる山羊獅子書きたかったので頑張りました 『アルゴナウティカ』の十二星座エピソードと『ブルーアワー』の写真を見た瞬間 「これだ!!」と思い立ったのでした ええ、獅子座=女神レアの聖獣、山羊座=求愛は本当なんですよ アイオリアの誕生日記念とサイトの1500hit自爆記念ということで 一応フリーとなっております。 |