Selfish
「お前なら解ってくれるよな」という言葉には3通りの答えがある
一つは「ああ、そうですね」と受け流すやり方
もう一つは真摯に相談に乗る事
そして最後の一つは「解るかボケ!!」と最大に高めた小宇宙を叩きつけることだ
どれを選択するのが最善の方法だろうか…と、サガは表情を押し殺して考えていた
事の起こりは女神の護衛として日本に赴いていたアイオリアの帰還が伸びたことだ
とはいえアテナを護る聖闘士であるからして、アテナの護衛としての滞在が伸びたのであれば
アイオロスとて異存はなかったらしい、が…アテナである城戸沙織は現在聖域に居る
「残務処理で残るのは仕方ないと、私だって承知している」
「当たり前だ、それを納得できないような責任者では他の者に示しがつかん」
羽根ペンをインク壷に突き立ててサガは溜息をついた
「私だってその位の自覚はある、だからこの仕事を片付けてから日本へ行くといったのだ
そしたらシオン様はなんと言ったと思う?」
(…知るか…)拳を握りかねない勢いで力説するアイオロスに心中でそう返す
「そんなに弟の顔が見たければ、鏡でも見てろ!!だと…お前だって言われるだろう」
同じように弟を持つ兄なのだからな、と続ける同僚に対して、冒頭の三択に至ったサガだった
「正直言って、私には理解できんな…私はカノンの帰還が伸びたとしても騒ぎはしない」
「そういうものか…やはりウチは年が離れているし13年離れていたから心境が違うのかもしれんな」
13年死別させてしまった原因は自分にあることは承知しているので、敢えてツッコミを入れないが
自分とカノンだって13年間離ればなれではあった(この辺の事情もさておいて)
それを鑑みれば年齢差云々ではなく、お前のは単に『行き過ぎたブラコン』だろう
そう心の中で呟いたサガだった
窓ガラス越しに見える景色は雨に濡れた中庭だけだ、しかも薄暗く視界が悪い
「こういう天気は気が滅入るな」
「日本は雨の多い土地ですからね…ところで身体の方はもういいんですか?」
「問題ない、もともと大した事はなかったんだ…教皇には帰還後も大事を取るように言われたけどな」
「シオン様の意図は貴方の体調はもちろんでしょうが、それで騒ぐ誰かさんが鬱陶しいんでしょうね」
ムウが少しからかうような笑みと共に返すと、アイオリアは無言で肩を竦めた
「どうも兄さんは心配性みたいだ、まぁ擽ったい気はするが不快ではないし」
「そうですか、兄弟というのはそういうものなんですかね?瞬と一輝も似たようなものだし」
ムウは小さく首を傾げて独り言のように呟いたが、すぐに笑みを浮かべて言葉をつなぐ
「では仕度が終わったら声をかけてください、連絡を入れておきますから」
「さて、どうやらお前の仕事の捗らない理由がようやく解消されそうだな」
伝令の兵士が持ってきたメモに目を通したサガは器用に指で弾き飛ばした
そして書類の上に落ちてきたそれをアイオロスが摘み上げるのを目の端に入れて立ち上がる
「私はアテナを発着場までお送りしてくる、戻るまでには書類を片付けて…」
サガの言葉が終わるか終わらぬかのうちにシオンに付き添われれた沙織が執務室に現れた
「あなた方には苦労をかけますが後を頼みますね」
「いえ、我々はアテナに仕える者。貴女の命が苦労などという事はありません」
「ですがアイオロス…たった一人の肉親が入院したとなれば気が気ではなかったでしょうに」
秀麗な貌に憂いを浮かべて沙織が発した言葉にアイオロスとサガは虚を突かれたような顔をした
「…アテナ…話が見えないのですが?」
「どうやら申し送りの際に報告漏れがあったようですな」
怪訝そうに口を開いたアイオロスを制してシオンはあっさりと言ってのける
サガはすぐに事態を悟り(…情報止めたんですね、貴方…)と心の中でツッコミを入れた
「事の起こりは風邪気味だというので薬を処方してもらったんだけど、アレルギーが出てしまって
ちょうど任務交代と同時だったから、大事をとって入院させたのです」
「そうでしたか、任務中に倒れたのでなかったらそれで良いのです。ご心労をかけてしまいました」
沙織とサガの小宇宙が双魚宮の辺りに着いたあたりで、アイオロスはゆっくりとシオンに向き直る
「隠しておられましたね、リアの事」
「お前にしては勘が鋭いな」
「私とて年長者として他の者への見本とならねばならない立場としての態度も心得ている心算です
…気にならないといえば嘘になりますが、公私は分けていると自負しています」
執務室で弟を愛称で呼ぶ辺り怪しいものだと思うが、それについてシオンはあえて口にしなかった
しばし無言で睨み合っていた二人だったが、どちらからともなく溜息を吐くと執務に戻る
それから間もなくして、感じ慣れた小宇宙に反応したアイオロスが顔を上げた
直後、扉が開いて執務室に入ってきたアイオリアは生真面目な所作でシオンに礼をとる
「この度は、ご心配をおかけしました」
「いや良い、お前もまだ完全に本調子とは言えないのだから今日はもう下がって休め
…ああついでにアイオロスも書類が片付いたようだから下がって良いぞ」
「………ついでとはなんですか、ついでとは…」
不服そうな色を交えた口調で抗議して見せたアイオロスだったが、書類の束を纏めるとそそくさと立ち上がった
そして弟の肩に手を回すと促すように執務室を出て行ったのであった
「どうやら俺が体調を崩した事、行き違いがあって兄さんは知らなかったんだな」
ここに来る途中でサガに聞いたよ、と苦笑いを浮かべる弟にどう答えれば良いのかと考えをめぐらす
「聞いた時には驚いたが、元気そうな顔を見ることが出来て安心したよ…で、本当に大丈夫なのか?」
「ああ、今は少し口の中が荒れてて食事が辛いくらいかな…こんな感じで」
アイオリアはそう言うと口を大きく開けて口内を指差した、確かに僅かに腫れがあり炎症の痕らしいものも見える
その仕草は二十歳の…それも立派な体格をした男がするのは些か微妙と言えなくもないが
アイオロスにしてみれば「可愛いから問題ない!!」と結論付けるに充分だったりする
故に、執務室から通路に続く控えの間に誰も居ないのをいい事に思い切りよく弟を抱きしめる
「に…兄さん?!」
「まだ熱があるじゃないか!今日は人馬宮に泊まっていけ、いいな」
「…うん、そうする」
(やっぱり兄さんは心配性だ)
アイオリアはというと顎を肩に預けるような姿勢でそう考えるが、擽ったい感情は逆に心地良いので
べつに断る事もないと、小さく肯定の言葉を返してみせた
「ちょうどいいトレーニングにもなるし、宮まで背負って行ってやろうか?」
「歩けないほどじゃないから大丈夫だ、それに双魚宮にはデスマスク達が来てたし…見られたら何を言われるか…」
「病み上がりなんだから、別に気後れするような事ではないだろう」
「……それもそうか…」
「…控えの間でのやりとりなんぞ筒抜けだと気付いているんですかね…」
サガは彼らしくない、机の上に上半身を投げ出すように伏せて顔だけを上げる姿勢でそう呟いた
「気付いておっても気にするような男ではないだろう…兄のほうはな」
シオンはそれに対して、頬杖をついたまま窓の外に向けて諦観を込めてそう返した
「…兄バカですね」
深々と溜息をついてそう言ったサガにシオンは真剣な目をして続けた
「サガよ、それは違うぞ…アレは『バカな兄』と言うのだ」
(成る程…言い得て妙。とはこのことか…)
シオンの言葉に幾ばくかの引っかかりは覚えたものの、弟が絡むと冷静さを欠く親友を弁護する言葉は出なかった
とりあえずは心配性の気のあるアイオロスが暴走しないか見張りを兼ねて
アイオリアの好きなマルメロのシロップ煮とヨーグルトでも差し入れてやろうと思いながら執務に戻ったサガであった
〜あとがき〜
大変遅くなってしまいました。『ロスリア』というより兄バカ話になってしまいましたorz
しっかり絆されるリアも充分ブラコンだと思いますが…
もちろん人馬宮まで兄に背負われて降りていきました(双魚宮に居た年中組は見ないフリをした)
マルメロのシロップ煮(=キドニ・グリコ)はギリシャのデザート、ヨーグルトやアイスに添えたりするようです
余談ですが(「兄バカですね」「違うぞあれは(以下略)」のサガとシオン様の会話は
ライオンのキャラクターでお馴染のドーナツ屋のCMが元ネタです
戻ります