We'll Sing in the Sunshine
「すぐに後を追うから、お前は先に行っててくれ」
その言葉に少年は快活な笑みを浮かべて首肯いた
「解った、じゃあ先に行くからはやく追いついてくれよ」
それだけ言い残して駆け出し、山頂と言ってもいい場所にある教皇宮へ向かう
「任務の帰りか?レグルス」
金牛宮についてすぐ呼び止める声に立ち止まると、宮の主アルデバランが立っていた
「ああ、だから今から教皇様とアテナ様に報告に行くんだ」
「そうか、ならば報告が終わったら久しぶりに手合わせでもするか?
ちょうど今から弟子たちに稽古をつけるところだったのでな」
「本当か?じゃあ終わったらすぐに闘技場に行くよ!」
他の聖闘士と比べても大柄なアルデバランと対峙して
まだ少年の域を抜けない小柄な身体を伸ばし表情を輝かせる
「急いで報告を済ませるから!」
駆け込んできた時よりも慌しく走り去る少年を見送るとアルデバランは大きく伸びをする
「さて、いい加減テネオたちも待ち草臥れているだろう…行くとするか」
双児宮と巨蟹宮を抜け、自らの預かる獅子宮に着くと、小休止とばかりに階段に腰を下ろす
本来の主である『あの人物』が生きていたならば、自分は今頃どうしていただろう
そんな事を思って立ち上がる、まだ半分も進んでいない
早く報告に行かなければならない、と
処女宮の主は珍しく瞑想を休んで宮の入口に佇んでいた
「…珍しいな」
「少し、外の空気が吸いたくなったのだよ」
「ふうん…」
「今、上に向かうという事は任務の遂行報告なのだろう、ならばもう少し獅子宮で待っていれば
シオンが追いついただろうに、金牛宮を過ぎた辺りに彼の小宇宙を感じるぞ」
確かに感覚を研ぎ澄ませるとアスミタの言う事が正しいと証明された
態々、教えてくれる辺り人嫌いの気があるといわれるこの男も結局はお人よしだな、と思う
「あれ?戻ってたんだ」
「数刻ほど前にな」
天秤宮に着き、童虎の姿を認めると小走りに駆け寄った
童虎は人好きのする笑顔を浮かべて少年の髪を撫でてやる
「そんな年離れてないんだから子ども扱いは…?!」
抗議しかけた口の中に何か放り込まれて思わず目を丸くした
「テンマもそうじゃが大人しくさせるのに結構使えるのう、これ」
手にしているのは飴菓子だ…食べ終わるまで口を開くのはもったいない気はする
「ところでこの後、何か用があるのか?」
「報告が終わったらアルデバランが手合わせしてくれるっていうから闘技場に行くけど?」
「それなら、おぬしや他の奴らの分も用意しておくから届けてくれんか?」
そういって飴菓子の入っているだろう袋を指差した
「解った、じゃあ帰りにもらってくよ」
「なんか甘ったるい匂いするけど、童虎あたりに餌付けされたか?」
天秤宮を出てすぐに声をかけてきた、カルディアは悪戯っぽい笑顔を浮かべた
「餌付けって…その辺の猫か何かみたいに言わないでいいだろ」
言っても無駄だと解っているが形だけ抗議してみせる
「ああ悪かったよ、代わりにいい事教えてやる…少し前にシジフォスが天蠍宮を通っていったぜ」
「帰って来てたのか?!ありがと、すぐ追いかける!!」
急いで人馬宮まで駆け上がったのはいいが、人の気配は全くない
「シジフォス、居ないのか?」
居室の扉を開いてもやはり人の立ち入った気配はなかった
「…おかしいな…かつがれたのか?俺…」
首を傾げながら小宇宙を探ると教皇宮の辺りにそれを感じ取る事ができる
「なんだ、アテナ様のところに居るんだ…そりゃそうだよな」
帰還したのなら、まずは教皇と女神にその報告をするのが当然だから
だとすれば、すれ違う事もなく久しぶりに顔を合わせることができる…少し楽しみが出来た
そういえばシオンはどの辺りで追いついてくれるんだろう…
アスミタに言われた通り待っていればよかったんだろうか?
そんな事を思いながら歩いていると目の前に背中が見えて、思わずたたらを踏む
「ご、ごめん!!」
「……まだぶつかった訳ではないから構わん、考え事でもしていたのか?」
「あー…そんなとこかな…」
言い淀んでいると、その切れ長の目を更に細めたエルシドは促すように背中を押す
「シジフォスなら教皇様と大事な話があるといっていた。まだ教皇宮に居る筈だ」
そっちじゃないんだけどな…と思ったが、早く会いたいと思うのも事実なので首肯いて返した
宝瓶宮に着いてまず思い出したのは、任務に向かう前この宮の主に渡された書物の事だった
確か任務に向かう前に読み終わるように言われていた
「………まずい…見つかる前にここを出なきゃ」
「何がまずいんだ?」
冷ややかな声に振り向くと、珍しく口元に小さな笑みを浮かべたデジェルがいた…逆に怖い…
「聞き間違いだよ、多分」
「その様子では、渡していた史書には目を通していないんだろう」
「よ…読もうとはしたんだ!3枚くらい捲ったら眠っちゃっただけで!!」
その言葉にデジェルはこめかみに手を当てる仕草をして溜息を吐いただけだった
双魚宮まで辿り着いたがここにも人の気配がない、と思ったら
通路から離れた辺りに小宇宙を感じ、そちらに足を進める
辿り着いた先にあったのは一面に広がる鮮やかな紅
「すご…これが双魚宮の薔薇園…」
話には聞いていたが、これほど見事で美しい光景だとは思わなかった
思わず見惚れていたら視界がくらくらと揺らめいた、時を同じくして駆け寄ってくる足音を感じた
あぁ、そういえば双魚宮の薔薇って毒の香気を持ってるんだっけ?と今更思い出す
「歩けるか?」
屈み込むようにして視線を合わせてきたアルバフィカに小さく首を縦に振って答えると
小さな吐息を吐き、ついて来るように促され宮の通路まで歩いていく
そこで座るようにと言われて地面に腰を下ろすと、彼は透明な液体の入った小瓶を差し出した
「毒消しだ、まだ命に関わるほど毒を吸っていないだろうが用心の為に飲んでおくといい」
素直にそれを飲み干すと、身体に痺れが残っているものの目眩は治まった
それを見て取ったのかアルバフィカの視線が幾分和らいだ
薔薇も綺麗だったが彼も綺麗だな、とぼんやり考える。言えば怒られるが彼以上に綺麗な人物を見た事はない
今生のアテナであるサーシャは年も近いし、どちらかというなら『可愛い』という表現の方がしっくり来る少女だ
「…まだ辛いのか?」
「いや…アルバフィカっていい奴だよな」
意表を突かれたのか一瞬だけ目を丸くしたアルバフィカは、すぐに眉を顰めて問いかけた
「私の何を見て君はそう思った?」
「だって、ちゃんと助けてくれたじゃないか」
「聖戦が始まる前に、こんな形で戦力を喪うような間抜けな事は困るからだ」
「それにさ、同じアテナ様を護る仲間に悪い奴はいないって思うんだ」
額に汗が滲ませたまま、無邪気に笑ってみせる少年に返す言葉もなくただ肩を竦める
この幼い戦士は純粋にそれを信じて、無条件の信頼を自分たちに寄せているのだ。と
純粋な信頼というのは、何の迷いも持たず懐に飛び込んでくる故に裏切る事ができないものだと思った
「何をしているんだ二人して?」
「シオンか、ちょうど良かった…彼が薔薇園に入り込んでしまったんだ、毒は抜けているが後を頼めるか?」
「解った…というか何をしてるんだお前は」
そう言うとシオンは入れ替わるようにレグルスの前に屈み込むと額に手を触れた
小宇宙を発動させる柔らかい波動と共に、自身の乱れていた小宇宙が鎮まっていくのを感じる
同時に体に残っていた痺れも徐々に消えていった
「ありがと…楽になった」
「自分が預かる宮でもないのに勝手にうろつくんじゃない…アルバフィカ、世話をかけたな」
「いや、気にするな…それよりも報告に行くのだろう、早く行ったほうがいいのではないか?」
「よう!おちびちゃん、帰ってきたのか?」
「げ!何でお前がここにいるんだよ!ってゆーか『おちびちゃん』て言うな!」
「やっぱり前みたいにバンビーノって呼ばれたいのか?」
「それ『子供』とか『赤ちゃん』って意味だってテンマが言ってた!耶人にも笑われたんだぞ!」
明らかに面白がっているマニゴルドと頬を真っ赤にして抗議するレグルスの姿にシオンは溜息を吐いた
そして親友が一年前に連れてきた少年もイタリア出身だったな…と考える
「いい加減にしておけ、後輩をからかって何が楽しいんだ」
「そりゃこの反応が面白いに決まってるだろうが」
悪びれる様子もなく返すマニゴルドに二人は顔を見合わせて肩を竦める
「早いとこ、報告を済ませよう…この後、アルデバランに手合わせしてもらうんだろ」
「…うん」
疲れきったような口調で言葉を交わすとシオンはレグルスの肩に手を置いて教皇の間の扉を開いた
「アテナ様、教皇……牡羊座のシオン、および獅子座のレグルス、ただいま帰還いたしました」
臣下の礼をとり、頭を垂れるシオンの隣で同じ様に礼をとる
正式に聖衣を授かり日数が経ったとは言っても、まだ他の黄金の補佐としてしか職務を任されていない
報告をしているシオンを横目に見ながら、確かに自分はここまで筋道だてて報告する事はまだ無理だし
彼は任務の最中も冥闘士たちの動きを即座に見て取り、同行した白銀や青銅に的確な指示を出していた
それが黄金としての立場なら自分がそこに名を連ねる者としては未熟である事は明白だと思う
「ところでお前は何か気付いた事はないのか?」
不意に水を向けられ、慌てて思考を呼び戻す
「はい!…冥闘士たちは以前より統率が取れてきていると思います…上位の者達も覚醒し前線に出ているのでは」
答えを聞いた教皇は微かに笑みを浮かべて首肯く、どうやらおかしな事は言わずにすんだらしいと胸を撫で下ろす
その後、短いやり取りの後、労いの言葉を受けて教皇の間を辞した
結局、教皇の間にもシジフォスはいなかったと、その時になってやっと気づく
新たな任務でも受けて急いで出立したのかもしれない、よくある事だ
少し惜しい事だな、と思いながら双魚宮へ降りる石段に差し掛かったところで、驚いたようなシオンの声が飛ぶ
「危ない!前を見て歩け!」
「………え?」
我に返り、顔を上げると鼻先には黄金の翼が…
「〜〜〜〜〜〜〜っ!」
エルシドの時のように寸前で止まる余裕は無く、強かに顔を打ってしまった
薄いオリハルコンを重ねた翼は見た目はしなやかでも結局の所は金属なんだな、と見当違いなことを思う
「お前は…まぁ階段から落ちるよりはマシかもしれないな」
ぶつかられた声の主…シジフォスは呆れたような苦笑いを浮かべて振り返る
「帰って来てるってカルディアが言ってたけど本当だったんだ!」
「しばらくは休養を取るように、と言われたからな…鍛錬を怠ってないか見ておこうか?」
顔を輝かせて首肯く少年に対し、先に闘技場で待つように言うと一息に石段を駆け下りていった
「久しぶりにレグルスの元気そうな顔を見ることが出来て正直安心したよ」
「向うも貴方に会うのを心待ちにしていたみたいだ、目に見えて表情が明るくなった」
あっという間に見えなくなった背を見送りながら、二人の黄金聖闘士は言葉を交わす
「では、俺も行こうかな…アルデバランに任せっきりというのも忍びない」
「ああ、鍛錬もいいが…『史書を読んで聞かせても、本人に読ませようとしても
すぐに眠ってしまうのはどうにかならないか?』とデジェルからの伝言だ」
シオンの言葉にシジフォスはというと一瞬視線を彷徨わせた後
「善処する…と伝えておいてくれないか?」
とだけ答えたのだった
〜あとがき〜
2300hit。みけみけりん様リクエストのLC話です…
すみません!リクエストを頂いたの9月なのにそろそろ3月の声が聞こえてきましたorz
レグ坊視点の十二宮突破話ですが、黄金の皆様のキャラ付けがおかしかったら申し訳なさ倍増です
アルバフィカ様は行為を向けてくる相手に対して素っ気無く見えるけど無碍にする人ではないと思います。
戻ります