青空のかけら
「……なんだありゃ?」
白羊宮から出てきた子供の姿に暇つぶしに村まで出ようとしていたカルディアは首を傾げた
どう見ても候補生にしか見えない割には、何の遠慮もなく十二宮最初の宮を通り抜けてきたのだ
「おいおい…いくら平常時だからってシオンの奴、何やってんだ?」
そう呟いたところで、シオンが後を追うように宮を出てきたのを確認する
だが、どうも通り抜けようとしたのを咎める様子はなく、子供の髪を撫でてやりながら
何か小さな袋を手渡している、すると子供は中身を取り出して口に入れている
「……止めるどころか餌付けだ?本当に何してんだあいつ」
ますます訳が分からなくなり、困惑しているとシオンに手を振りながら子供は石段を駆け上がり始める
近くまで駆け上がってきた所で、牽制代わりとばかりに足元に一撃を見舞った
「へ?…うわっ!!」
不意の一撃に驚いたのか、短く声を上げてその場に尻餅をつく
「おい、ここはガキの遊び場じゃないんだぞ?…こんなとこまで入ってくる度胸は認めるがな」
「遊びじゃない!アルデバランからシジフォスに伝言頼まれて人馬宮に行くんだっ!」
少しだけ凄みを利かせて言えば、負けずに語気を強めて返してくる
(…黄金聖闘士捕まえて呼び捨てかよ、一体コイツの師匠はどういう育て方してんだ)
強気を崩さない様子に呆れながらも、そのくらい跳ね返りだと逆に楽しいと感じる


さて、どうしてやろうか?と未だ座り込んだままの子供の襟首を掴み立ち上がらせる
それでもやっぱり怯まない子供が睨みつけてきた
まるで夏空を思わせるような碧い瞳、癖のある栗色の髪、子供らしい丸みを帯びた顔のライン
非常に愛らしく、同時にどこかで会ったような気もする整った顔立ち
特に、夏空の瞳は恐らく見るものを惹きつけてやまないだろうと感じさせるほどで…
(悪くないな、コイツ)
つまりそれは自分が興味を持ったことに他ならず…
「おい、お前、その伝言とやらが済んだら暇か?」
「……日が沈むまでは訓練する…だから暇じゃない…」
カルディアの問いに子供があからさまな警戒を浮かべて答えると、持ち前の嗜虐心を擽られた
「言っといて変だけどな、お前の都合とかどうでもいいから」
「はぁ?〜〜〜〜〜〜!!」
上擦った声で大きな目を更に見開いた子供を抱き上げるように腰に手を回し
もう片方の手で顎を押さえつけて半ば強引に口を開かせて口唇を重ねる
突然の事にしばし固まっていたが、すぐに腕の中で激しく暴れ始める
とはいえ、まだ小さな身体では逃げ出す事もできず、現実はされるがままだった
乱暴に絡ませた舌から甘い花水の味がして、さっき餌付けされていたのは
砂糖菓子だったかと見当違いのことを考える


その時、突然火花が散ったような錯覚にカルディアは思わず力を緩めた
その隙に子供は腕から抜け出して、口元から伝い落ちる互いの交じり合った唾液を乱暴に拭う
「何するんだよ、お前!訳わかんないよ!!」
大きな声でそう言いながら睨みつけてくる子供から燃え上がるように立ち上る小宇宙
(……黄金の小宇宙?!何でこんなガキが?)
「どうしたんだレグルス!」
「あ、シオン!」
そこにシオンの声が割り込んでくる、レグルスと呼ばれた子供は慌ててシオンの背後に隠れてしまった
「なんだシオンこいつの事知ってるのか?」
「相変わらず、興味のないことには一切関わろうとしないのだな…この子がシジフォスの弟子だ」
「ああ、例の獅子座の候補とか言う…」
それで先ほどの黄金の小宇宙にも合点がいく、『伝言』とやらも十二宮の空気に慣れさせる事が目的なのだろう
「聞いてくれよ、シオン!コイツいきなり自分の舌を俺に食わせようとしたんだ、絶対変だよ」
レグルスの訴えを聞いたシオンは半目になってカルディアを見る…どうやら怒っているようだ
しかし、レグルスには優しい目を向けてこう答える
「きっとお前に渡した花水の飴が欲しかったんだろうな、でもシジフォスが心配するから他所で言うんじゃないぞ」
「なんだよ、それなら言ってくれれば分けたのに変な奴」
そんな訳あるか!と言いたかったがシオンの視線が洒落にならず口を噤む
デジェルといいエルシドといい、真面目な人間は本気でキレると被害が甚大なのだ
「レグルス!何があった!」
珍しくも慌てた様子のシジフォスの声に皆が振り向く
そして現れた青年に慌てて駆け寄るレグルスをシジフォスは抱き上げた
「いきなり小宇宙を激しく燃やしたりするから、何事かと思ったぞ」
「ごめん、ちょっとびっくりする事があったから」
(…まさかさっきのアレで人馬宮からここまで走ってきたのか?)
なんだか逆に感心せざるを得ないと、肩を竦めるカルディアだった


「レグルスに会ったそうだな」
涼やかな顔立ちに、かすかな笑みを浮かべたデジェルが話しかけてきた
「ああ、いいなアイツ…気に入った」
その言葉に怪訝そうに眉根を寄せたデジェルは、何か思い当たる節でもあるのか言葉を継ぐ
「おかしな気を起こすなよ、あの子はシジフォスが殊のほか大切にしている」
「大事にしてる感じはしたけどな…けどまぁそのくらいじゃなけりゃ面白くないだろ」
あの夏空の瞳を自分だけのものにする、彼の師匠がその障害だとするなら望むところだ
(…お前は私やエルシドやシオンを怒らせると洒落にならないと言うが…多分、一番恐いのはあの人だぞ)
言ったところでどうなるものではないと分かっているデジェルは、黙って溜息を吐いたのだった




〜あとがき〜
カルレグ(?)出会い編です。
それまでは「候補生のレグルスです!人馬宮に用があるので通ります!」と言っても
敵じゃないということで、全く他人に興味のないカルさんにスルーされていましたが
これから先は天蠍宮を抜けようとする度に拉致られて、そのうち大人の階段登ったりするんだと思いますw
そしてシジフォスさんは師匠としては厳しいですが、平常時は甥っ子が可愛くて仕方ない人かと…



         戻ります