一夜の宿を借りた家から少し上がった所に着くと、『良い所』と言うだけはある、満天の星空と涼やかな風が吹く場所だった。
「……お前…あの時、聖域からの召集は天命だと言っていたな」
「うむ…使いの者によると今回呼ばれることになったのは教皇の星見が関わって居るらしい…
だとすれば、それこそわしの天命なのだろう…それを確かめたいというのもあるのじゃがな」
「星の導きの先にある天命を知るため…ということか」
そう呟くとシオンは考え込むように目を伏せる
「おぬしは何か迷っているように見えるが?」
童虎の言葉に軽く肩を竦めると苦笑いを浮かべる
「なんだ、見かけによらず鋭いのだな…確かに私は迷っている…この地は聖域と所縁の深い土地
生まれ育ったこの場所で戦士として戦うか…それとも…とな…師はそれを選ぶ事もまた星の導きだと仰った」
軽く溜息をつき星空に目を向ける…そして『天命』という言葉の意味を自問自答するように噛み締めた
「どうかしたのか?」
「いや、なんでもない…それより明日の出立は早いのだろう?もう休んだほうがいい」



人の気配に目をあけると外から薄明かりが入り込んでいるのを感じた
どうやら麓まで送ってくれるという人物が迎えに来たのだな…と、童虎は身体を起こして外の様子を伺う
「じきに夜が明ける、早く支度をしろ」
端的に用件だけを告げる声の主はすぐに解った
手早く身支度をして外に出ると、旅支度を整えたシオンが居た
「麓まで案内してくれるというのは、おぬしだったのか」
「いや、恐らく師は行商に向かう者に頼む心算だったと思う」
「………はぁ?」
「呆けた様に口を開くな、舌を噛むぞ」
予想もつかない答えに、童虎が驚いたような声を上げるのとほぼ同時に、シオンを中心に光の輪が広がり二人はその光に溶け込む
そして気がつくと見知らぬ光景が広がっていた。肌に感じる風さえ、生まれて初めて感じるものだ
「あれが見えるか」
そう言ってシオンが指差した先には故郷のものとも先ほどまで居た地とも明らかに文化の違う石造りの建物が見えた
「まさか…」
「そのまさかだ、もう少し上れば十二宮が見えてくるはずだ」
事も無げに言い放つと、先に進むシオンを慌てて追いかける。
「おぬし、まさか族長殿には…」
「師には一応手紙を置いてきた、今頃はここに着いている事も承知しておられるだろう、お前が心配する事は何も無い」
やはり師には無断で出てきたのではないか!と言おうとするが我関せず。といった風情でシオンは歩みを進めている。
細かい問いは後回しだと、童虎もまた石段を駆け上がった。






行雲流水(一部抜粋)