「なんだ、まだ戒めに懲りていないのか」
嘲りを含ませた声に顔だけを上げて睨みつけるが、相手は動じる風でもなく、立ち上がるように命じた。
腕につけられた環は火花の余韻を残したまま鈍く光っている。
少しでも攻撃的小宇宙を高めようとすれば、すべて自分の身に返るように細工がされた呪具
兄を失った日からずっと着けられている、外す事ができるのは結界に覆われた独房の中だけだ。
今更その事に反感を見せる事もない、慣れてしまえば、さして不便を覚えるようなものでもないのだからと
息を吐き出して立ち上がりシュラの横を通り過ぎようとした。
「作業に戻る必要はない、帰るぞ」
怪訝そうに眉を寄せるアイオリアに対して、再び戻るよう促す。
すると大人しく後をついて来る。
(もう…6年か…)
あの日から少年の口から言葉が…声音さえ発せられた事はない。
尋問…むしろ折檻とでも言うべき扱いを受けた後から声を失っていた。
聖域の外で医者に見せても尋問の折にどこかを傷めたという事はなく
心に受けた傷が声を閉ざしているというのだ。
それも本人が意識していないほど強い意志を持って…
初めは全く声が出ないことに戸惑いを感じていたアイオリアも
誰かと会話をする必要を感じていないのか、すぐにその事に慣れてしまっていた。
扉の開く重い音に、一瞬顔を上げる。そして促されるより先に独房の中に入り据えつけられた寝台に腰を下ろす。
扉を抜けると同時に戒めの腕環は外れて扉の装飾の一部に変わっていた。
外に出ようと試みると障壁を発するのは、この環の部分を中心としている辺り
結局はこれによって自分の力は封じられているんだと、早いうちに理解は出来ていた。
それでも初めのうちは何とか抜け出すことは出来ないものかと試したが
弾き返されるのがオチだという事と、ここを出たからと言って
行く当てもない事を思い、呼ばれた時以外は扉に近寄る事もほとんどなかった。
この日も、寝台に寝そべって天井近くにある窓から見える空を、何をする訳でもなくぼんやりと目眺める事にした。
だが不意に扉の向こう…いや正確には扉からは大分離れた通路から聞こえる声に、思わず扉に目を向けた。
懐かしい、まだ世界に否定されるという事など想像したことも無い頃に、共に修行を重ねた同年の仲間達…
年月を経た為に少し低めの声音になっているが間違え様も無い。
反射的に扉に駆け寄るが、結界に弾かれて床に倒れこむ。
(…何をやってる…皆がどう思ってるかなんて解ってるのに)
主君たるアテナに刃を向けた大逆者に繋がる者。
そんな大罪をあの兄が犯したなどとは今以って信じる気にはなれないが
それはあくまで自分の主観であり、周囲の人間にはそれが事実として受け容れられている。
つまり外にいる彼らにとって自分は既に仲間であるはずが無い。むしろ忌むべき存在でしかない。顔も見たくないはずだ。
寝台にうつ伏せに倒れこむと鼻の奥が熱くなってきた。
誰にも気付かれる事はないと分かっているが、嗚咽が外に漏れないように、声を噛み殺した。
Anochecer Interminable(一部抜粋)