「一つ訊いていいか?」
午前中の講義が終わりカフェテラスに行こうと準備をしていたカミュは
同じ講義を取っている若者の言葉に顔を上げる
「何か?」
「この前、門の前でお前を待っていた女の事だけどさ」
「この前…?………ああ…」
脳裏に浮かんだのは、先日の妖魔の引き起こした事件
あれは友人で男なのだと説明しても信じてはもらえないだろう
それが呪詛によって引き起こされた一時的な姿の変化などと言えば正気を問われる
ただ…『アテナの聖闘士』という存在は、アテナ帰還にまつわる戦いの際に
彼女自身がその存在を世界にアピールするという大胆な方法を取ったが故に知られているはずだ
もっとも、世間はそういう設定のデモンストレーションと受け取っていたようだが

本人が聞いたらきっと怒るだろうな、とは思いつつカミュは口を開く
「彼女は私の友人の妹だ、もう国に帰っている」
「そうか〜…あの子、日本語解るなら紹介して欲しかったんだけどな〜」
かなり好みだったんだよ、と言いながら彼は頭を掻く
「だったらその子が日本にきたとき紹介してもらえよ」
と別の若者がカミュに紙の束を差し出しながらそう言った
「ほら、この前しばらく休んでたときのプリント…俺なんて紹介以前だったんだぜ」
「すまないな、で?何が紹介以前だと?」
「ホテルのデザートバイキングでお前の知り合いみたいな子が凄く可愛かったんだけど
ホテルマンに説明してたろ?『妹の婚前旅行が〜』って…正直あの子の彼氏にも兄ちゃんの友達にもケンカ売る度胸ないな〜」
いくらなんでも彼らとて、一般人に対して星々の砕ける様を見せたり手刀で細切れにしたりはしないだろうが
ケンカを売らないのは正解だろう…その前にナンパした時点で秒間一億発の拳が飛んでくるはずだが…

「けど、それ以外にも結構美人の知り合い多いだろ…お前も素材がいいから当然だろうが」
「…?女性の知り合いは限られている、少なくとも友人というほど親しい女性は居ないぞ?」
カミュが怪訝そうに言った言葉に二人は意外そうな顔をする
「先週、グラード財団主催のコンベンション会場で、とんでもないレベルの美人と話してただろ」
確かに、その日は女神の護衛として会場にはいたが女性の聖闘士は居なかったはずだ、と首を傾げる
「ほら、ブロンドで泣き黒子のある、男物のスーツ着た背の高い人」
「……彼は男だ」
「じゃあ、一緒に町を歩いてたサリーを着た…」
「あれも男だ」
「平安時代みたいな」
「ヘイアンジダイとやらはよく解らんが、私の予想する人物なら、アイツは男だ」
次々と挙げられる人物の特徴に少しだけ同情を覚えながら一つ一つを否定する
ただし、それを本人達の前で言ってしまえば命の保障は出来ないな、と思った
純白の薔薇が飛んでくる(刺されば紅く染まる)、視覚と味覚を剥奪される、死の国へ飛ばされる
選択肢は3つだが、どれも一般人が耐えられるものではないだろう



「まぁ…それはこの世界がそういった雑事に興じられるくらい平和だと受け取ればいいのではないか?」
城戸邸にて話を聞いたサガは苦笑いと共にそう答えた
その後にアフロディーテたちには同情するが、と付け加える事も忘れない
「そういう受け取り方にあるのか…私はどうも発想の転換が上手くないようだ」
「発想の切り替えもだが、こういうときの切り返しも粋じゃねぇな」
割り込んできた声に振り向くとデスマスクが茶どこかシニカルさの感じられる笑みを浮かべていた
「粋ではない…と言うと、どういう風に答えるべきだったというのだ?」
「だから、別に『あいつら、女みたいな顔してるけど立派な男ですよ』なんて言葉で説明せずに
適当に濁しときゃよかったんだよ、、例えば『男との恋愛には全く興味がない』とかな、そうすりゃ向こうが勝手に解釈して
…オカズにすることはあるかもしれんが、夢を壊す事にはならないだろ?」
「…………それはまた…実に面白い意見だな」
冷たさすら感じる抑揚のない声に顔を上げれば、その美貌を笑顔で彩ったアフロディーテがいた
明らかに目は笑っていないため、その美しさは何処か凄みすら感じさせる
「私にはお前がブラッディローズが色を変える様を体感したいと言ってるように聞こえたのだが…気のせいかな?」
「お前!それ遠回しに『死ね』つってんじゃねーか!」
何処からか取り出した白薔薇を手にデスマスクの顔を覗き込めばそちらは慌てて距離をとる

「冗談だ、私は聖域に戻らねばならないので、お前と遊んでいる暇はないんだ」
すっと薔薇を収めると、アフロディーテが踵を返すのを見て、デスマスクは胸を撫で下ろす
しかし玄関から彼が言い放った言葉に目を見開く
「戻ったら、ムウやシャカと雑談に興じるのも悪くない…そう思うだろう?」
急いで後を追おうとするが既に魚座の小宇宙など何処にも感じられなかったのであった
代りに青銅の少年達が連れ立ってリビングに入ってくる
「アフロディーテ、ちょっと機嫌悪そうだったけど何かあったんですか?」
少女のような愛らしい顔に疑問の色を浮かべて瞬はそう切り出した

「あ〜それで!僕何となく気持ちわかるなぁ」
女顔とかいわれてからかわれたことは一度や二度じゃないもん!と瞬は話を聞くと首肯いた
「そうなんだよ、アレに『女顔』とか『男に見えない』とか言ったら速攻で白薔薇飛んでくるんだぜ」
出かけてると思って油断していたと呟いてデスマスクは頭を抱える
「そうだっけ?」
星矢が軽く首を傾げて答えると皆の視線がそこに集まる
「俺、そういう感じの事、本人の目の前で言った事あるけどブラッディローズは喰らってないぞ?」
「度胸あるなぁ、お前…で、いつそんな命知らずな事言ったんだ?」
デスマスクの問いに星矢は当然といった様子で答える
「十二宮の戦いの時だよ、初めて見てびっくりしてさ『あれで本当に男かよ』って言ったんだ」
「そんな事があったのか…あれからどれくらい経つんだろうな」
「実際はそれほどでもなかろう」
「俺はあの時初めて、お嬢さんの底知れない力を目の当たりにさせられたなぁ」
「あの時はロイヤルデモンローズ喰らったんじゃなかったっけ?星矢が子供だから遠慮してくれたんだね」
サガ達にとっては復活後も未だ幾許かの悔恨の念を残す出来事も少年達には過去の事らしい

そんな様子の少年達に何処か救われる思いを持ったサガの衛星電話が鳴ったのはその時だった
「どうしたミロ…ん?お前達が双方納得しているのであれば…教皇の許可も得ているんだろう?私は構わん」
短い会話を終えて電話を切ったサガは軽く思案するような顔をしてデスマスクに向き直る
「すまないが、アテナより依頼のあったこの書状を老師の所に届けて欲しい
その後で修行地に戻っているアルデバランにこちらに向かうよう頼んでくれ」
「いいけどよ…何だいきなり」
デスマスクの言葉に溜息を吐くとサガは口を開く
「明日からのアテナ護衛の任務、本来ならばミロとシュラのはずだったのだが…是非とも代ってくれと
ムウとシャカに頼まれたようだ…教皇とアイオロスは私が許可すれば構わないとの事らしい」
それを聞いたデスマスクは慌ててサガの手にした書簡を受け取り
「そういうことなら、さっさと行かせてもらうか…なんでこういうときだけ仕事が早いんだかなアイツは…」
そう言い残して部屋を出て行ったデスマスクを見送りながらカミュが言う
「お前達、覚えておくといい…これがお前達の国でよく使われる『口は災いの元』だ」
「はい!」
「お前らなぁ…」
やたらと行儀よく返事をした異母弟たちに、彼らしくない脱力したツッコミを入れた一輝だった





〜あとがき〜
Wait a little whileのオマケっぽい後日談。
この後、デスさんがムウ様とシャカの魔の手(ただし自業自得)から逃げ切れたかは秘密です
アフロさんは「綺麗」とか言われても「いや、生まれた時からこの顔だし実感ないんだけど」みたいな立ち位置
ただし『女みたいな顔』といわれたら容赦なく薔薇が飛んできます
あとカミュの学友さん(モブなんで名前考えてない)ムウ様に対しては、『女顔』より『平安時代みたいな眉』の方が逆鱗です(シオン様もな)





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何事も言葉で暴く必要はない