「お前は、全部知っていたのか?」
見据える翠玉は今まで知っていた以上の光を持っていた
いつかこの日が来ることは解っていた
「だとしたらどうする、恨み言や怒りなら受け付けてやっても良いぞ」
もちろん、それなりにやり返させてはもらうがな、と付け加える
その言葉に、しばしの逡巡が瞳を掠め瞼を伏せる
もう一度その瞳が向けられたときには、すでに揺らぎは消えていた
「何か勘違いをしているのではないか?」
感情の見えない声で、そう言葉を紡ぐ
「お前の事で動かす感情など持ち合わせることは無い、それは前にも言ったはずだ
尋ねたのはあくまでも事実を知りたかっただけの事、それだけだ」
そのまま振り返ることもなく立ち去るアイオリアの背を見送りながら
乾いた笑い声が自分の喉から漏れたことに気付く
「お前の事で動かす感情など…」
その言葉を聞いたのはいつだったか…そうだ、あの時だ、と思い至った
泣き叫び、来ることのない助けを求める事も虚しくアイツが辱められたあの日だ
(それをしたのは俺なんだけどな)
また、乾いた笑いがこみ上げる
青褪めて色を失くした口唇が震えながら紡いだその言葉を忘れていなかったのだ、互いに
それなのに、じくじくと広がる痛みは何だというのか
まるで、燃えるような怒りと容赦のない断罪を向けられることを望んでいたかのようではないか
気付いたのはそれからしばらくしてからのこと
再び目の前に現れたその瞳を見て
強く真っ直ぐに輝く澄んだ翠では無く、地に落ちた血の様な濁った紅を目の当たりにした時
(所詮、打ち勝つだけの力を持たない者に『正義』など唱える資格はない、それだけだ)
侮蔑と憐憫の半ば相俟った心境で再びその背を見送る
そうして姿が見えなくなった時、一つの予感めいた思いが脳裏に浮かぶ
もう二度とあの鮮やかに輝く翠の瞳を目にすることはないだろうと
先程までのじくじくとした痛みは引き裂くような疼痛に変わり気付かされる
この先の戦いの結末の如何に関わらず、俺はあの瞳を永遠に失ってしまったのだと
そしてその失った翠を何よりも愛していたのだという事を
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天に向かい消えていく一筋の光に全てを悟った
足元が大きく揺らいだような錯覚に囚われ、よろめくままに任せ柱に凭れ掛かる
胸に広がるのはいつか感じたあの感情によく似た空虚感
13年前、誰よりも大切だった人を喪った時と同じ、魂の一部を抉られた様な痛みを伴う空虚さ
「嘘だ…そんな事があるものか…」
これではまるで俺があの男を…そんなことがある筈がない
僅かに浮かんだ思いを振り払うように力任せに頭を振ると、重力に逆らうことなく腰を落とす
俯いた視線の先にある石畳に水滴が落ちて、いくつもの染みを作る
(違う…あの夜から一度だって俺は…)
切欠は何だったのか、既に記憶にすら残っていない…それだけ些細な事だったのだろう
しかしその些細な事で辱められたのだけは紛れもない事実で
何故、こんな目に遭わなければならないのかと、自分が情けなくて震えが止まらなかった
そして強引に上向かされ問われた言葉にシュラが何を望んでいたのか見えた気がした
「俺が憎いか?殺してやりたいと願うか?」
兄を…世界を奪った男を愛する事など出来ようはずもない、それを解っているからせめて憎しみを、と
どちらでも良かったのだ、己に…己だけに俺から向けられる激しい感情を欲していたと
だからこそ、それを与えたりすることはしなかった。憎しみも恨みも怒りも…愛情も与えたりするものかと…
その後、幾度となく組敷かれ抱かれ続けてもそれだけを心に決めていた
心を動かされたことはなかった、今でもそれははっきりと言える
それでも動くことのない代わりにその存在は自分の奥深いところに溶け込んでいた
(馬鹿みたいだな…取り返しのつかない場面で気付くなど…)
違う、本当は気付いていたのかもしれない…だからこそあの時問わずにいられなかった
これから明かされるだろう真実を彼の口から聞きたいと願ったのだ
そうすれば未だ掴めない感情の奥に溶け込んだ彼の存在の意味が何であるか知ることが出来ただろうに
今となってはただの繰言に過ぎないが…
次に逢う時…多分自分の命が尽きる時…感情も真意も隠すことなく向き合えるだろうか
祈るような想いで見上げた夜空にはもう光の筋は見えなかった
〜あとがき〜
やっと…やっと書けました。ずっと書きたかったシュラリアです
初のシュラリア話だっていうのにまったくラブラブ感がないですね…
多分、今までやってきたCPで、もっとも悲恋の似合う二人ではないかと思います
「感情も真意も〜」のくだりはハーデス編のまたも本当の思いは伝えられない悲劇…みたいな
そういや「翠の瞳を目にすることは〜」って言ってましたが
ミミズとの乱闘の時は顔見る暇もなく、処女宮での再会時はシュラって視覚剥奪されてましたね
とりあえす次は馬鹿ップル全開な二人を書きたいです
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僕はこの目で嘘をつく