(……こ…この臭い…)
リビングのドアを開けた途端に漂ってきたその匂いに星矢は思わず眉を寄せる
しかし、そこにいた人物に対する気遣いから、それ以上は顔に出さないことに努めた
隣に立つ瞬や邪武もまた同じような表情を浮かべている
困惑を隠さない少年たちを見て、苦笑いを浮かべた童虎は
「これじゃ」とテーブルの上に揃えられた茶器を指差して見せた
「……老師、お加減でも悪いんですか?これって漢方薬でしょ」
邪武が恐る恐る口を開くと、瞬も同意するように何度も首を縦に振った
「ただの『フレーバーティー』じゃ、紫龍が居る時に淹れると困ったような顔をされるのでな」
「それを『フレーバーティー』と言われても困ります、楽しめる臭いじゃないでしょう」
困惑を隠さないまま、星矢はそう答えたのだった




「不思議なことだと思わんか?」
「確かに面白いと私も思う…しかしそれをここでは淹れてくれるな」
久しぶりに顔を出した聖域、教皇の間の主である二百数十年来の親友は眉を寄せた
彼が独特の燻製臭を漂わせるこの紅茶が苦手なのは変わらないようだと内心笑いを漏らす
 
「香りを楽しむ茶?悪いけど楽しめる匂いじゃないと思うぞ、それ」
 「童虎様、それ薬湯ですか?何処か具合でも悪いんですか?」

過ぎ去った遠い日にそんな事を言った少年たちと同じような事を言ったのが
同じ星を宿命に持つ者だというのは偶然と言うには勿体無いと思うのだ
ましてや、その片方は同じ宿星というより同じ魂を持っているとなれば
「あの年頃の者たちに、あの茶を飲ませれば同じ反応になるだろうとも思うがな、それに…」
「解っておる、彼らはあの子らではないし、あの子らも彼らとは別の人間じゃ
同じ星を持つ故に何かを受け継いではおるだろうが、それはそれだということくらいはな」
「解っているのならいいがな」




薬のような匂いの紅茶だがたっぷりのミルクと砂糖があればなんとか飲めないことはない
従者に頼んでそれらを持たせようとシオンが考えをめぐらせていると賑やかな足音が近づいてきた
「…いったい何の香りですか?」
「ティーポットからとなると茶の匂いだと思うが」
最初に足を踏み入れたムウとアルデバランは顔を見合わせて、そう言葉を交わす
「良い茶葉が手に入ったからの、おぬしらもどうじゃ?」
「ああ!老師の国には珍しい薬が多いと聞きますからね!」
「人の話を聞いてるのか?茶だとおっしゃられているではないか」
「解っているさ、でも茶の中に薬草を入れてあるのだと思ったのだ」
呆れたように肩を竦めたカミュに対し、口を尖らせつつミロが答えた
「薬は入っておらんよ、松葉を燻して香り付けしてあるだけじゃ」
そう言いながらカップを差し出すと一人だけ躊躇いもなくそれを受け取ったのはシャカだった
「ほう…これは…ラッサムに合うかもしれませんね」
物怖じしない(態度が大きい?)彼はそれを一口含むと率直に感想を述べる
「その紅茶はミルクティーにするとなかなかのものなんだ」
カミュの言葉には(比較的飲める。の間違いだろう)とシオンは思わずにいられなかった




「教皇、遅くなりました…老師もおいででしたか…ってお前らまで揃ってるのか?」
書類の束を手にやって来たアイオリアはシオンや童虎の他に見慣れた顔があることに気付いたが
「…何か変わった匂いがするな」
「ちょうど良かった、良い物があるんですよ…一杯いかがですか?」
と、含みにある笑顔と共にムウが差し出したカップから漂う匂いに思わず身を引きそうになる
「…確かに昨夜は『食べすぎだ』と兄さんに小言を食らったが、腹を壊すほどではないぞ」
口の端を下げ、少し困ったように紡がれたその言葉に、やはり同じように過ぎた日を思い返し
(肉体的には年上の)若者たちを面白そうに眺めていた二人は顔を見合わせて吹き出した
 
「…何の匂い?」
 「面白いものを持ち込んだものがいるんだ、飲んでみるか?」
 「そりゃ昨日は食べ過ぎってシジフォスに怒られたけど、腹を壊すほど食べてないよ」

似たようなやり取りをその星を継いだ者たちが再現しているのだと思うと、偶然でも面白い
違うのは片方が上目遣いに見上げる体格差は彼らの間にはないことだろう
あの時、頬を膨らせて不満そうに自分を見上げた彼の幼さを残した表情を思い出していた




「では私はバター茶でも淹れるとしよう」
「え?あ!座っていてください、私が淹れますから」
驚いたように振り向いたムウを片手で制し、悠然と微笑を浮かべた
「そうしたい気分なのだ、それに私の茶は先代の教皇にも褒めていただいたことがあるのだぞ」
「確かに、幼い頃に幾度も頂きましたから最高の物を淹れて下さるのは解っていますよ」
これでモモがあれば言うことはないのだがな、と何処か楽しげに笑いながら
控えの間に入っていったシオンを見送りつつ6人は顔を見合わせつつ首を傾げた
「先の聖戦の人物の事に触れられたのは、どんな形にしろ初めてですね」
「そうじゃったかの?」
珍しいものに触れたような口ぶりでシャカが言うと童虎は意外そうな顔をした
「聞き及んでいたのは、戦いが非常に過酷であったということ位…だから触れぬのだと思っておりました」
それは当事者以外が軽々しく触れてよいものではないのですから、と目を伏せたまま微笑んだ
「然様か…なら年寄りの思い出話でよければ皆も聞いてはくれぬかな」
寂しさと痛みと愛しい者達への懐かしさの入り混じったその言葉に皆、真摯な微笑で応えた





〜あとがき〜
この後、個性的な飲み物に囲まれて困った人が3人ほど…
ラプサン・スーチョン(フランスではラプサン・スーションと呼ぶらしい)は、英仏で好まれているらしい
あと、インド料理に合うと聞いたので、多分おシャカ様も大丈夫、ジャミール組はバター茶(ジャ)
シオン様のラプサンのミルクティーに対する感想は私のそれです
話としては、何気ない事が忘れかけていた些細なことを思い出させるみたいなものを書きたかったので…
本当は回想でマニさんとかセージ様とかも出したかったのですが、何故かLCショタ聖闘士だけに…(趣味か?)
あと、レグ坊は一人だけ当時の黄金では子供ってのとあの性格なので可愛がられてたのでは、と思います

『モモ』=チベット料理のひとつ、餃子のようだったり饅頭のようだったり焼売っぽかったり包み方は色々
      具材はヤク肉が主流だけど
山羊の肉を使うこともあるらしい

『ラッサム』=インドの汁物系の煮込み料理。ライスにかけて食べることが多い、他国の人はこれをカレーと思ってる人もいるそうな



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ミルクティー