それが変わらないものだと子供のように信じ込んでいたと思い知らされた
滝から吹き付ける風に身を任せながら、自嘲するように口の端を歪める
見上げた先にいつも居たその姿は何処にもない
覚えているのは最後に聞いたその声、聞きなれたそれではなかったが
凛とした若者の声が師のものだと言うことは間違いなかった
ちょうど光をなくしていた自分には、師がどんな姿をしていたのか知る事はなかった
兄弟達曰く、肉体の年齢より幾分童顔に見えるものの精悍な顔立ちの青年だったという
(俺はその姿さえ知ることは出来なかったのだな)
「…紫龍…身体はもう大丈夫なの?」
遠慮がちにかけられた声に振り向くと、幼馴染の少女が佇んでいた
「ああ、心配しないでくれ…戻った時は疲れが残っていたが今はもうなんともない」
それを聞いた春麗は小さく微笑むと紫龍の見上げていた場所に目を向ける
「あの日、老師は『二度と戻れないかもしれない』っておっしゃったの…
でもね…老師の事だから、そう言ったとしても、きっと何事もなかったよう戻ってくるって思ってたのよ
本当に居なくなってしまうなんて考えてもみなかった…ずっと見守ってくれるって思ってた…」
そこまで言うと両手で顔を覆って泣き出した少女を抱き寄せて目を伏せる
紫龍自身は聖闘士として生きる以上、大切な人たちとの死別も覚悟しなければならないと理解している
だが、春麗は親代わりに育ててくれた師が聖闘士だとはいえ、普通の少女でしかない
理解していても受け入れることの難しさに戸惑っている自分以上に辛い思いをしている事はよくわかる
その時空間が高い音を響かせて、別の小宇宙が現れた
「……貴鬼…か…一体どうした?!」
「さっき、海闘士の兄ちゃんが聖域に来たんだ、海闘士から話を聞いたアテナが聖闘士を召集してるって」
貴鬼の言葉に二人は表情を強張らせる…また戦いが始まるのだと思った
「…それでね…そっちのお姉ちゃんも一緒にって…『二人を連れてきて』って事らしいよ!」
「春麗を聖域に?一体、お嬢さんは何を…?」
沙織が何を意図しているのか掴みきれず困惑していると、春麗がその袖を引いた
「行きましょう…私なら大丈夫、それに一度十二宮…老師の護ってた天秤宮を見てみたいと思ってたの」
「瞬!氷河!!」
三人がその場所に降り立つと異母兄弟たちが駆け寄ってきた
「一体、何があったというんだ」
「俺達にも判らん…沙織さんは、一輝を伴って何処かに向かった」
「戻るまで、星矢と星華さんを頼むって…」
聖域に残っていた二人も未だに状況が飲み込めずにいる事だけは判ったが
事態が差し迫っているのではないだろうかと不安を覚えた
皆が眉を顰めていると、突如として強い力を感じる
「何が起きたの?!十二宮が…?!」
瞬がそう疑問を口にした時、別の場所から光が溢れ、沙織と一輝が姿を現した
時を同じくして十二宮を包む力は光の渦に変わり、その中に幾つもの小宇宙を感じる
(まさか…この小宇宙は?!)
皆がそれに思い当たった、そしてその予感は形となって目の前に現れた
誰かが呼んでいる、それが初めに感じた事だった
(誰なのですか…私を呼ぶのは…?)
ぼんやりとした感覚の中で呟きながら、意識を浮上させた
そして自分が激しい渦の中に居る事に気付く、その渦の向うから聞こえる聞きなれた声に顔を上げる
反射的に抱きとめたその腕の中の子供と、自分の居る場所にムウは呆然とした
「……ここは…白羊宮……?私は…私たちはあの時ジュデッカで…」
「おかえりなさい…そしてあなた方には苦労をかけてしまいましたね、ムウ」
振り向くと静かな微笑を浮かべた沙織が歩み寄ってくるところだった
「ア…アテナ…!私は一体…」
「…詳しい事はあとで話しますが、三界を護る戦士たちの復活が急務だったのです…ですから
地上においても教皇以下多数の聖闘士が聖域への帰還を果たしているのです」
沙織の言葉に、表情を引き締め首肯くと彼女は後ろに控える青銅の少年達に顔を向けた
「では、紫龍、春麗さん、氷河…あなた方も早く行ってあげなさい、聖衣が失われた今
彼らを目覚めさせる事ができるのは、彼らとの強い絆を持つあなた方の想いなのですから」
そして沙織がその手に持つニケの杖を掲げると、三人の姿は空気に溶けるようにその場から消えた
「ムウ…私が力添えしますから、テレポーテーションで…」
沙織が気遣わしげに言いかけると、ムウは静かに首を横に振って言葉を紡ぐ
「いいえ、良いのです…貴方の手を煩わせたなどとなると、シオン様に何を言われるか…
それに宮を辿りながら皆と再会するのも悪くないと思うのです…ところで破壊されたという聖衣ですが…」
「ええ、修復をお願いします…破壊された黄金聖衣は教皇の間に納めています」
「承知いたしました」
沙織はそれを聞くと穏やかに微笑んで、瞬と一輝の兄弟を伴いアテナ神殿に転移していった
それを見届けたムウは遥か上にある教皇宮に目を向ける
「貴鬼、私たちも行きましょう…あの方も破壊された聖衣を見て少しでも早く修復にかかりたいと思ってるはずです」
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