虚しい事だと、少女は一人誰に言うとなく呟く
「悲しいことしか起こらないのに、何故…戦わなくてはならなかったのかしら」
窓辺から身を返し、寝台に顔を向けそこに眠る少年に問いかけても答えはない
もっとも問いかけたとしても彼の事だ
「そんな難しい事は考えたことないよ、俺は俺に出来ることをやるだけだし」
と、照れたように笑うのだろう、だけどそんな言葉で自分は安心できただろう
しかし、いつ覚めるとも知れない…いや永久に覚めないのかもしれない
そんな眠りに囚われた少年を助けることも出来ない…だから不安は募るばかりで
己の無力を思い知らされて、ただこうしているしか出来ないのだ
「大切な人達をいたずらに失うしか出来ないなんて…結局は神も無力だと思うのよ」
少女の姿をした神…沙織は自嘲するように笑ってもう一度窓の外に目を向けた
「ここに居たのか」
一輝の声に振り向いた瞬はぎこちなくではあったが笑顔を作った
「兄さん…珍しいね、もう何所かに行ったって思ってたよ」
「……なんとなく…離れる気になれなくてな…まだ…目覚めていないか」
「うん…傷自体は塞がってるし、いつ目を覚ましてもおかしくないはずだって…けど…」
傷の深さではない、神の力によって受けた傷という特殊性が原因なのだろう
言いようのない辛さが再び込み上げて、二人は主を失った十二宮を見上げる
「僕らは…彼らの思いに応える事が出来たのかな」
宿敵である冥王を討ち果たし世界を破滅から救うことは出来た、けれど悲しいことは消えない
それが戦いなんだと解っているけれど…どうか答えてほしいと願っている
「他の奴らはもう帰ったのか?」
「紫龍はね…老師のこと春麗さんに伝えなきゃいけないし、気丈にしててもきっと心細いだろうから
今は彼女についててあげてって沙織さんも言ってた…氷河は今は宝瓶宮に行ってる」
多分、氷河は自分たちと同じ疑問を答える人はなくとも問いかけたいのだろう
だからこそ師の余韻を残す場所に向かったのだ、同様に紫龍も聖域を離れる直前まで天秤宮に居た
「星矢は目を覚ましたらどこに行くかな」
修行時代から兄のように慕っていたというアイオリアの護っていた獅子宮だろうか…話しやすいという意味で
「あのお人よしは全部の宮を回るかもしれんな……!」
苦笑いとともに呟いた一輝が不意に身構え、同時に瞬もその方向に警戒を向け現れた人物に愕然とする
「そんな…あなたは…どうして……?!」
「久しぶりだね、フェニックス、アンドロメダ」
整った中性的な顔をした少年を、彼のまとう鎧を二人は知っていた
「何故…お前がここに居るのだセイレーン」
「戦いに来たわけではないよ、ポセイドン様の使者として親書を届けに来た…アテナにお目通りを願いたい」
海魔女のソレントは真っ直ぐに彼らに向き直りそう告げたのだった
「気に入らんな」
ティーカップを口元まで運びかけてジュリアンがそう呟く
その様子がいつもの穏やかな少年のそれでないことを悟ったソレントは意味する所に気づく
あの日蝕の時同様に少年はジュリアン・ソロではない…今の彼はソレントの主君ポセイドンなのだ
「何が…あったのですか?ポセイドン様」
「オリンポスの神々はアテナを罰しようとしているらしい…ハーデスを討ち果たした咎でな」
「しかしアテナはポセイドン様にとっても宿敵でしょう」
だからこそ…そこに邪な意図が影を潜めていたとはいえ…自分たちはアテナの聖闘士たちと戦ったのだ
「ああ、たしかにアッティカの地を巡っての争いより、あの小娘とは幾度となく戦ってきた…しかしな
私が気に入らんのは彼らのやり口だ、あ奴らは我ら3人の均衡の破れる時を待っていたに過ぎんのだからな
おそらくアテナを罰した後はこの戦いにおいて助力をした私も咎められるだろうな」
「そんな!それが神のやり方だというのですか!」
「落ち着けソレント、私とてそんな事を許すほど甘くはない…頼まれてはくれぬか?」
「承知いたしました、何なりと!」
少年の姿をした神は悠然と微笑みテラスに顔を向ける。するとそこに光の柱が降り立ち何かが現れた
それが何なのかを悟ったソレントは目を見開いた…それは彼の纏う海魔女の鱗衣だった
「ポセイドンの正式な使者として鱗衣を纏い、この親書をアテナに届けよ」
ソレントは手渡された親書(彼には何か不思議なオーブにしか見えなかったが)を受け取り聖域に向かった
「そういうことだったんだね…冗談じゃない、アテナを…沙織さんをこれ以上悲しませられるはずないよ!」
それだけではない、もしも沙織の身に何かがあったとしたら目を覚ました星矢がどれだけ傷つくか
瞬は十二宮に向かいながらソレントの話を聞かされて声を荒げた
「一体、ポセイドンは何を考えているんだろうね」
「さぁ…ポセイドン様はアテナに親書を届けるようにとしか仰ってないのだから」
小さく首をかしげて二人が顔を見合わせると、そこに小さな影が飛び込んできた
「瞬!アテナのとこに行くのかい?」
「うん、さっきから見えないと思ったらやっぱりここにいたんだね貴鬼」
「……やっぱりダメかなぁ…」
そう言うと貴鬼は宮の中ほどに安置された宮と同様に主を失った聖衣を見る
瞬はそれを見て、貴鬼の師である牡羊座の聖闘士…あの優しい目をした穏やかな青年を思い出す
明るく振る舞ってはいるものの、あの戦いでこの幼い子供にも深い悲しみが残されたのだと今更ながらに思った
「ダメじゃないよ、でも夜は冷えるから風邪をひかないようにしないとね」
そう言って瞬は自分の羽織っていたジャケットを貴鬼に掛けてやり、出来るだけ柔らかく笑みを浮かべて見せた
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