「あの子供は…確か海界でも会った事がある…あの場所で何をしていたんだ?」
「聖衣にはそれまでの持ち主の思い…心が残っている、それに僕らは身をもってそれを知ってる
だからきっとムウに…あの子の師匠に会いに来ていたんだ」
「そうなのか…ところで、今ふと思ったのだが、ポセイドン様はアテナと共闘なさるお心算なのではないだろうか」
ソレントの言葉に瞬は驚いたように顔を強張らせたが、すぐに表情を引き締め小さく首肯く
「うん、そうなのかもしれないね…僕らに出来ることがあるとすればそれしかないのかもしれない…」
「驚いたな、君は戦いを好まないと思っていたが」
「そりゃ、戦いが好きなはずないよ、戦うことやそれで誰かを傷つけて、時には殺めて…そんなの嫌だよ
でも目を逸らす事なんて出来ない…罪だというのなら全てが終わったとき裁きを受ける…それまでは戦うしかない
……受け売りだけどね、あなたもよく知ってる人の」
指差す先には三番目の…代々、双子座の聖闘士に護られてきた双児宮
「………海龍か…結局…僕らはまた裏切られたということか」
「そんな!」
血が滲むほどに唇を噛み締め、そう吐き捨てたソレントに対し瞬は抗議の声を上げる
「そうだろう?君たちは彼を双子座の聖闘士だと言う、事実彼はそれを自分の宿命として受け入れてアテナに殉じた
あの日、僕は裏切り者の彼がどこに消えたのか知る気も知る術もなかった…今、君の話を聞いて気付いた
それでも彼が還る場所は僕らと同じ場所だと馬鹿みたいに信じていた事をね!だから間違いなく裏切られたんだよ!」
あぁ、そうか…と瞬は心の中で呟く、目の前の少年は待っていたのだと
帰る事のない者たちを、また巡り会えるかもしれないと僅かな希望を残したあの人物を
冥界での戦い、最後に言葉を交わしたあの時、彼が何を思っていたのか自分たちに知るすべはない
届くことのない思いはどこにぶつければ良いのか、同じだと思った。解っているのに、と
…どうか答えてほしい、と祈るような思いを二人は噛みしめていた
そしてそこに足を踏み入れた時、ソレントは確かにそれを感じた
一陣の風、そしてその中に聞こえた穏やかな声
「許されるなどとは思っていない…それでも…お前は生きているのだから…」
「…どうしたの?」
「声が…海龍の声が聞こえた…」
白羊宮の幼子もやはり同じように残された思いを声として感じていたのだと実感となって伝わる
「あなたは…最期の時…少しだけでも僕らのことを思っていてくれた…そう思っていいのか?」
主無き聖衣に歩み寄り問いかけの言葉を紡ぐ、そして伝えられた言葉を胸の中で繰り返した
「お前は生きているのだから、どうか進むべき道を見誤らないでほしい」
そしていくつもの宮を通り過ぎ宝瓶宮に着いた時、奥まった場所の柱に凭れ掛かり天井を見上げる人物に気付いた
ここには聖衣は無い、いやここに来るまでに聖衣のない宮は4つあった、その経緯はなんとなく解る
あの時ジュリアン、いやポセイドンがエリシオンに送り届けた黄金聖衣は失われてしまったのだとソレントは悟っていた
「氷河…」
「瞬か、……お前は確か…海将軍の…」
瞬の呼びかけに振り向いた氷河は傍らに立つソレントを見止めると僅かに眉を動かす
「彼らにも説明したが、ポセイドン様の親書を持ってきただけだ。戦うつもりは無い」
「……そのようだな、それに瞬がついているのなら、そう易々とは手出しはできないだろうし」
柱から身体を起こしながら、寂しさを滲ませた眼差しで宮を見回すと同行を申し出る
「ごめんね、シベリアに帰るの遅くなっちゃうね」
「ポセイドンが動いた、その状況で戻ったりすればあの場所で待つ二人に怒られてしまう」
申し訳なさそうに見つめる瞬に、気に留める風でもなく返した氷河の言葉にソレントは眉を寄せた
「二人、とは君の師の水瓶座と…アイザックのことか?」
その言葉の意味を察したらしい氷河は、もう一度天井を見上げながら言葉を紡ぐ
「言いたい事は解る、だが…こうは思わないか?魂は思いを残す場所すべてに還るのだと
ここにはカミュの小宇宙が残っていて、それを感じることができる…だがシベリアのあの地にも思いが…小宇宙が宿っている
同じ様にアイザックの魂も、海界と俺たちが過ごしたあの場所に還っていると思う……きっとカノンも同じだ」
思いがけず出されたその名に、返す言葉が見つからず、ただ目を伏せるしかできなかった
教皇宮の前に彼女は凛とした姿で佇み三人を待っていた
「事情はわかっています。早速ですが、その親書を見せていただけますか?」
ソレントが差し出したオーブは沙織の手の中で丸められた羊皮紙に姿を変えた
それを開き読み進めていく沙織の表情に僅かな険しさと決意が浮かんだ
「ソレント、承知したとポセイドンに伝えてください…私もすぐに向かうと言って頂ければ伝わるはずです
そして瞬、一輝に聖衣を纏ってアテナ神殿に来て欲しいと頼んで貰えますか?
氷河は他の聖闘士たちを聖域に招集する旨を神官を通して私の名において伝えて下さい
…できれば紫龍には春麗さんも聖域に来ていただくように頼んでください」
表情を引き締め、指示を出すと沙織は踵を返し神殿に向かう
その姿に三人は何かが大きく動き出す兆しを感じ取り、急いでもと来た道を引き返した
「一体、何が起きるというんだ?」
「解らん、しかしポセイドンがアテナに何か重大なことを知らせてきた事だけは確実だ」
「とにかく急ごう!」
そして駆け抜けた先の白羊宮で貴鬼は驚いたように彼らを迎えた
「どうしたんだよ皆、血相変えちゃって」
「貴鬼、頼みがある。五老峰に行って紫龍と春麗さんを連れてきて欲しいんだ、アテナが二人を連れてくるようにって言ってるんだ」
緊迫した様子で肩を掴み、瞬の言った言葉に幼いながらも何かを感じ取り十二宮の入口まで駆け下りると
テレポートを発動させた直後、その場から貴鬼の姿は消えた
そして事態が大きく動いたことを察した一輝もまた、アテナの依頼に従い聖衣を纏い神殿に赴く
「ごめんなさいね、でもあなたがこの事態には一番頼れるから」
「…いや、今は勝手を言っている場合でないことくらい俺にも解る」
その言葉に微笑を浮かべた沙織は、彼の聖衣に手を添える、同時に柔らかな光が彼を包んだ
「兄さん、それは…」
それはエリシオンにおいて姿を現した神聖衣…地上に戻った時、元の青銅聖衣に戻ったはずだったのだ
「時間がありません、早く私たちも向かいましょう…道すがら詳しいことは説明します」
「ああ、承知した」
「…瞬、後のことは頼みます。私達が戻るまで星矢と星華さんを守ってください」
「うん、どうか無事に戻ってきて…二人に何かあったら目を覚ましたときに星矢が悲しむから」
瞬の言葉に二人が首肯くと空気の震えるような音と共に時空が揺らめき強い光を放つ
その眩しさに思わず目を閉じた瞬が再びその目を開けたとき、そこには彼一人が残されていたのだった
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