「おお、早かったなアテナ」
「早くしなければならない事態ですもの」
辿り着いたのは初めて見る神殿、そこに待っていたのは海皇主従だった
「ここは海底神殿なのか?」
「いいや、ここは天界と地上の狭間だそうだ、そこにポセイドン様が仮の議場を作られた」
「そういうこと、ここまでの道筋はエリシオンに向かったときの超空間に近いの
だからあなたには神聖衣を纏ってもらう必要があったの」
「同様に私もソレントには三叉の鉾を持たせることで時空移動を可能にしたのだ」
その一言に未だ鉾を持っていたソレントは鉾の意外な力を知った
「さて、もう一人の主役も到着したようだな」
ポセイドンが向けた視線の先に現れた姿に一輝は身構え、ソレントは息を呑む
「……この小宇宙…そうかこの男が…」
「ああ…冥王ハーデスだ」
対を成すような金と銀の神を従えたその漆黒の神を忘れることは出来なかった
「言っておくが…確かに余とてオリンポスの神々のやり方は気に入らぬ
しかしそれがお前たちと馴れ合う理由になどならん」
「言ってくれますな、私も斯様な事になるとは思っても見なかったのだから
しかしあれらへの牽制としても、実際に戦うとしても戦士たちの復活は急務なのですよ」
憮然とした様子で言い放ったハーデスに、苦笑いを浮かべながらポセイドンが返す
「今の貴方は私とアテナの力添えで実体を保っているに過ぎないことをお忘れなく」
「選択権を与えぬ…と、言いたいのだな」
「そのような事は言っておりません、ただ熟考なされよと言っているのです」
張り詰めた空気に人間でしかない二人は息さえ覚束ないような錯覚を思えた
「争いなど無いに越したことはありませんもの」
静かに口を開いた沙織を見やるとハーデスは皮肉めいた笑いを浮かべる
「よかろう、それぞれの守護する世界を護る戦士たちに今一度の生を与えようではないか
このまま、オリンポスの者共の思惑に従うのも癪だからな…ただし」
含みを持たせた言い方に一同は続く言葉を待つ
「幾度も生まれ変わっては余に刃向い続けた、あのペガサスを除いてだがな
あれの魂は今も我が封印の中にあるのだから、消し去ることも容易なことだ」
「貴様!!」
その言葉に沙織は青褪めて口元を押さえ、一輝は思わず声を荒げた
一方でこの場にいたのが自分で良かったとも思う、他の者なら自分以上に冷静さを失うだろう
「落ち着くのだ二人とも…ハーデスよ、何故貴方が地上に降臨する際に選ぶ肉体が
『もっとも清らかな魂を持つ者』なのか、今なら解る気がしますよ…己の醜さを隠すためだ」
「何だと?」
冷ややかに言い放ったポセイドンにハーデスは顔を向ける
「あれは貴方だから歯向かうのではない、いや他の者たちも同じだと解っている筈だろう
海闘士なら私を、聖闘士はアテナを、冥闘士は貴方を護る…そのためならば神にも拳を向ける
それを神話の時代に一度傷を負わされた因縁だけで恨み続けるとは醜いことこの上ない」
そして鉾を突きつけると言葉を続ける
「貴方も十二神の名を持つものであるなら潔さを持たれよ」
「貴様こそ何故女神側に肩入れする」
「ペガサスの神話をお忘れではあるまい、私はあれを見放すわけにはいかないのですよ
それに…我が手にあったはずのディクリノはアテナを選んだ…時はアテナを選んでいるのだ
貴方が手に入れかけたディクリノとてアテナを選び、今もアテナと共にある、理はアテナにあるのだ」
ハーデスの問いにポセイドンは初めは冗談めかし、すぐに表情を引き締めて答える
「なるほど、時に逆らうなと言うか…よかろう全ての魂に今一度の生を与える…ペガサスもな」
「ポセイドン様、ディクリノとは何なのですか?」
「簡単に言えば『二重の』という意味です。数世代に一人生まれるか生まれないかの存在
本来、相反するはずの宿命を重ね合わせて持っている人間のことを私たちはそう呼ぶの」
ソレントの問いには沙織が答え、ポセイドンも首肯いてみせる
「海闘士にしても聖闘士にしても持って生まれた宿命は強いもので重なることは起こり得ないはずなのだ
そのような者が同じ時代に二人も存在し、どちらともがアテナを選んだということだよ」
「瞬は…そのディクリノとかいう存在だったというのか?…いや…瞬だけではないな…もう一人は…」
一輝の問いに沙織は静かに首肯いて見せた
「ただ…瞬はともかく…彼は『どちらでもある』のよ、今も…きっとね」
最後の言葉は一輝ではなくソレントに向けるように彼女は微笑んで見せた
それからしばらくして十二宮の入口で待つ瞬たちの元に沙織と一輝が戻ってきた
「沙織さん!無事でしたか」
「兄さんも…一体何がおきたの?十二宮が何か強い力に包まれてるんだ」
駆け寄ってきた聖闘士たちを宥めつつ沙織は表情を引き締める
「始まったようですね…説明するよりは事実を見てもらうほうが早いでしょう…細かいことはそれから」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに力の奔流は光に変わる、そしてその中に確かに感じたもの
「これは…小宇宙!!」
「あ、待ちなさい!」
光の渦の中に確かに感じ取ったその小宇宙はどれも彼らに覚えのあるものばかりだった
弾かれた様に駆け出した貴鬼を沙織が止めようとするが、制止も聞かず走り出す子供は止まらない
そして白羊宮まで辿り着くが、その光の嵐に弾かれてしまった
「………!!」
このまま叩きつけられては無事ですまない、誰もがそう思ったとき
サイコキネシスの波動と共にその小さな身体を受け止めた者がいた
「お前、一体ここで何をしているのです?………ここ…え?ここは…白羊宮?」
現れた青年は驚いたように辺りを見回す、誰も言葉が出なかった
「………ムウ様ぁ!!」
沈黙を破ったのは貴鬼の泣き声交じりの呼びかけだった。
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