Wait a little while
そういえば今日は豚肉が特売だ、ジャガイモも安かったはずだ
加えてアイオリアが生まれて初めての両親の墓参りに行った時の土産に貰った
上物のオリーブオイルがある、それならば今晩のメインはロティだな
二人の弟子は育ち盛りだから、肉は少しばかり多めに買い込んでおこう
多分、そんな事を考えていたはずだった


校門の辺りがなにやら騒がしい事にカミュは怪訝そうに眉を寄せる
「モデルかな?」「撮影に来たの?」などという会話が聞こえてくる
グラード財団系列の大学には有名人…芸能人なども居ない訳ではない
だからそこまで騒ぐようなことだろうか?と首を傾げ足を進める
「遅い!」
少しハスキーな声が自分に向けられたとは初め解らなかった
その小宇宙は間違えようもなく覚えのあるものだが人物に心当たりがない…気がする
いや…見覚えがある様な無い様な…そんな感じがする
癖の強い豊かな金の髪、挑発的な雰囲気を漂わせた切れ長で深蒼の瞳
悪戯っ子のように軽く口唇の端を上げるその笑顔、そして馴染み深い小宇宙
それだけならば、自分は親友の名を呼んで返したはずだ…しかし親友は紛れも無く男だ
大体、奴は自分より頭ひとつ分も背は低くないし…ましてやカットソーから存在をアピールする
豊かな胸のラインや括れた腰つきや丸みを帯びたボディーラインなど存在しない
考えてみれば、
アイオリアに「男として認めん」と言われたのは、ムウであって彼ではないのだ
処女宮にて件の会話が為された時、
自分はその場で聞いていたのだから間違いない
その前にそんな場合でなかった事を気にするべきだ。と二人につっこまれそうだがどうでもいい
(…アイザックの所のリュムナデスとかいう奴の悪戯だろうか…それとも一輝?)
だからこそカミュは『彼女』に何を返せばいいのか、無表情に悩まざるを得なかったのだ



「なんて顔してるんだ、まさか俺の小宇宙が解らなくなったなんて言うんじゃないだろな」
「…いや…私の記憶にあるミロは誰がどう見ても男でしかなかった気がするのだが
それが女などといわれたら
デスマスクとシュラの性格が入れ替わった位の訳の解らなさだ」
…その二人の性格が入れ替わったことなど
23年間一度も無い。念のため
「まぁ、一時的に呪われたみたいなものだから気にするな」
(まずはお前が気にしろ)
無駄だと思いつつ心中でツッコミを入れる、しかしその反応で目の前の人物が親友だと確信した
「一体何があったというのだ」
「…妖魔…とでも言っとくべきだな…それが神殿の結界を潜り抜けて侵入した」
問いかけに、不意に表情を引き締めたミロは言葉ではなく小宇宙で答えを返す
それまでもギリシャ語で会話していたので、会話の内容は他の学生にあまり気付かれてはいないと思うが
情報が漏れる事を用心しているらしい、聞かされたカミュも『留学生』の顔から黄金聖闘士のそれへと表情を変えた
「アテナが日本に居られた事は不幸中の幸いだな…それで?」
「アテネの外れにある封印が何らかの事情で解けたらしくて、奴らも実体化してなかったから結界を抜けられたらしい
まぁ、つまりは実体化しちまえばこっちのもんって事で、居合わせた俺とアイオリアで雑魚は消し飛ばして
大元は教皇が封印した…あとはアテナが聖域においでの際に何とかするとの事だ」
「なるほどな…で?それはいいとして、それが何でお前の今の姿に繋がる?」
「最後の悪足掻きだ、なんか針みたいなもん飛ばしやがって不覚にも三人ともそれを喰らってな、掠っただけの筈が
このザマだ…ムカつくと思わないか?!
俺の技と被るんだよ、針を飛ばすってのは!!」
姿を変えられたことより『針飛ばし』=『スカーレットニードルとイメージが似ている』に怒っているようだ
どうして私の親友はこうも精神年齢が成長しないのだろう…気付かれないように溜息をついた
しかし、だ…カミュはミロの説明にふと引っ掛かりを覚える
「ミロ、その呪いを受けたのは三人だと言ったが…まさか…」
「ああ、そのまさかだ…」
「それは…教皇はともかくアイオリアは悲劇というか
喜劇というか…
「喜劇と言うな、そして上司捕まえて『ともかく』もやめろ」
シオンは、ミロの変化と合わせて想像すればそれなりのビジュアルが予想できるのだが…
同年の友人はあまりそういう想像の範囲に追いつかない…当人が『男らしさ』に拘ってるだけに尚の事、悲喜劇だ
いささかの同情を込めて呟くと、何故だかミロはきっぱりと言い返したのだった



「事情は飲み込めた、アテナに危険が及ばないというのも解った…で、どうやったら治るんだ、
その面白い姿は
最後の一言は余計だ!と張り倒したい衝動に駆られながらミロが右手を突き出す、そこにはミミズ腫れの文字が浮き出ていた
「その傷のようなもので解決方法を示しているのだな…
腫れがひどくて読めないが
「読めないんだったら
黙ってろ…とにかくこれに書いてある通りの行動を取れば戻れるらしい」
「そうか、戻るのだな…もし一生このままと言われれば責任を取って、お前を『新しいお母さんだよ』とアイザックたちに紹介…」
「せんでいい!馬鹿者!大体何の責任だ!お前が封印解いたとでも言うならシオン様に説教されて来い!!」
コイツが論点ふっ飛ばした事を言い出すのはパニクってる証拠だ、と思いながらカミュの肩を掴んで揺さぶるミロ
でもアイザックの名を出したあたり、まだ判断力は残ってるみたいだとも思う。なんと言っても氷河はアレだ
そこに男子中等部の制服を着た集団が駆けて来た。星矢、瞬、紫龍、氷河、邪武の青銅組+アイザックである
「さっきムウがテレパシーで
『大学部に行ったら面白いものが見れますよ』って言ってたんだけどさぁ…まさか…そっちにいるの」
「同じ事を海龍が伝えてきました…え〜と…確かこの小宇宙は…蠍座…って…あれ?彼は先日会った時はどう見ても…」
馴染みある小宇宙と目の前に人物の差に困惑する少年達、ミロはとりあえず聖域に戻ったら
ムウとカノンに抗議しようと思った
「まぁ、説明は後でするからいいとして、とにかくお前らちょっと協力しろ」
その言葉に一同は怪訝そうに眉を寄せたのだった



「ふ〜ん…沙織さんも『普通の女の子』の感覚はあったんだ」
「いくらなんでもそれは、お嬢さんに失礼だと思わないのか」
幾つ目になるかわからないチョコケーキにフォークを突き立てた星矢がしみじみ零すと紫龍がそれを窘めた
ミロの言う『元に戻る方法』は『恋を知る前の娘の楽しみ』という…正直どういったものかさっぱりだったらしく
身近な女性として魔鈴やシャイナをアイオリアに紹介してもらったはいいが、彼女達は何の迷いも見せず
「だって修行の方が大事だし」
と全く関わってもらえなかったらしく、事態の報告を兼ねてアテナ…つまり沙織に報告したところ
「やっぱり美味しいお菓子とお買い物かしら?」
と、答えて日本に来るように促した後、到着したミロに自分で調べたという
『おすすめデザートバイキング&スイーツショップ一覧表』なるものと費用(必要経費)を渡したそうだ
ちなみに、沙織曰く「私自身が食べた上でのお勧めなんですよ」とのことらしい
「僕は沙織さんが一体いつの間にそんな事をしてたのかが気になるよ」
瞬の疑問は皆のそれである事は言うまでもない
女神として聖域を治め(実務はシオン、サガ、アイオロスが取り仕切っているが)グラード財団の総帥を勤め
それ以外の時間では、日本の法律に従い学生生活を送る多忙な少女のはずなのだ、城戸沙織という人物は…



「じゃあ、他の二人も同じようにバイキングや買い物に行ってるわけですか?」
氷河がコーヒーカップを弄びながら問うと、ミロは笑いを堪えるように肩を震わせて手を左右に振る
「いや、あくまでもコレは俺が戻る方法で教皇やアイオリアはまた違う方法だったんだ、教皇はもう元に戻られた」
「それでは聖域の機能は完全に近い形に戻っているな…で、どうやって戻られたのだ?」
カミュの問いにはいつものような悪戯っぽい笑顔を見せ、言葉を続ける
「教皇のは『母性を示せ』だったんだが…妖魔が入り込んだ時の瘴気に当てられて貴鬼が熱を出したんだ
で、ムウはちょうど聖域を離れてたんで一晩付きっ切りで看病しておられた…そしたら翌朝には元のお姿だった
もっともご本人は
『母性ではない!あえて言うなら父性だ!!』と、頑としてお認めにならなかったがな…ってどうした?」
けらけらと笑うミロを不安げに覗き込む星矢に問いかければ、いつもの歯切れの良さは影を潜めている
「…シオンは元に戻ったって言うし、アンタだってこうやってりゃ戻れるって沙織さんが言ってたんだろ?…けどさ…」
誰の心配をしているのかはそれ以上言わずとも解る、星矢が他の異母兄たち以上に兄と慕う人物だ
「アイオリアなら心配ないって、条件わかった翌朝には『駆落ち』してたくらいだから、次に会う時は戻ってるだろ」
「駆落ち〜〜〜〜〜?!」
ミロの一言に少年6人の叫びがカフェテリアに響き渡る、カミュは大体の見当はついたらしいが、それなりに驚いていたらしく
手にしていたコーヒー(淹れたてのホット)には薄く氷が張ったのであった(弟子二人は完全凍結)



          
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