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カフェテリアに少年達の叫びが木霊し、運悪く居合わせた客たちは
「冷房効きすぎだ!」「それ以前にこの季節に冷房は必要ない!」「冷房というよりは冷凍だ」
と騒ぎ出す。しかしながら妙な冷静さでそれを感じ取った二人連れがいた
「まったく迷惑な連中だ…」
「……まさかここにいるとは思わなかったけど…くしゅっ!」
身を竦ませてくしゃみをした連れに、もう一人がストールを手渡した
そして騒ぎと寒冷の根源に抗議すべく二人は自分達のテーブルを離れたのだった


「か…駆落ちって、アンタ言葉の意味解ってんのか?!」
「力自体に変化はないって言うんなら同意の上じゃなきゃ連れ去る事は不可能だろうが…」
「っていうか相手は誰なの?!」
青銅の破壊神…もとい最年少トリオは椅子から立ち上がりミロに詰め寄る
「あ、コーヒーが凍ってしまったな」
「淹れなおしてもらうしかあるまい…しかし何でこんな事に」
「いや凍らせたのはお前達だろう」
14歳トリオは現実逃避の真っ只中であった
そこに僅かな憤りを滲ませた声が割り込んできた
「お前達、一般の人間が大勢居る場所で騒ぎを起こすとは何事だ」
振り向くとそこには一組の男女が立っていた、男の方は見覚えがあるというより、よく知る人物
均整の取れた長身、硬く癖の強い黒髪、鋭さを隠さない切れ長の眼
「…シュラ…日本に来てたのか…で、そっちはまさか…」
紫龍がそう声をかけると、皆がその傍らに立つ女性に視線を移す
柔らかそうな金茶の巻き毛と、丸みを帯びた翆玉の瞳、女性にしてはいささか凛々しい眉
「…………泣いていいか?」
ミロの変化と説明から察するに、目の前の人物が誰なのか容易に見当がついた星矢はそう呟いた
いかにも可笑しい姿になっていたのなら笑い飛ばす事も出来ただろう…しかし目の前の女性はとても愛らしいのだ
「いや、泣きたくなったのこっちだから」
珍しく弟分の言葉をきっぱりと切り捨てたアイオリアだった



「うん…よく解んねぇけど、元に戻ろうとしたらその方法がまずいからってアイオロスが怒ったってわけか?」
パリブレストをフォークで弄りながら星矢が首を傾げる
「あの人、あれで一輝と同類だからなぁ…アイオリアに危険が及ぶと判断したんだろうなぁ」
「ああ、それはあるかもしれないな…それと、後で一輝とアイオロスに謝っとけよ」
それを受けて邪武が杏仁豆腐にフルーツソースをかけながら溜息をつくと、氷河も同意する。ついでに釘も刺す
「っていうかさぁ、その方法とやらを4人だけで納得しちゃって教えてくれないってのはねぇ…」
「何か俺達には伝えにくい事なのかもしれないな」
フルーツとクリームで飾られたプリンをテーブルに置いて瞬が呟き、紫龍が言葉を返す
方法とやらをカミュに伝える時、彼らは小宇宙でそれをしたのだ、黄金聖闘士が固めたガードは青銅や
仕える神を異とする海闘士には読み取る事は容易ではないのだが…
「俺達に聞かせたくないって事は、多分保健体育の分野だな」
「……カノンに一度、海界の教育方針を問いたいのだが…」

アイザックの言葉に青銅たちは顔を強張らせ、カミュは眉を顰めてそう呟いたのだった
「いやいやいや!それでなんで真面目が服着て歩いてるみたいなアンタなんだよ?!」
思考回路が一瞬どこかに飛びかけたが、我に返った星矢はシュラに詰め寄る
「落ち着け星矢、あくまでもそれは考えられる手段の一つであって、それで確定したわけではない」
「そうなのか?」
星矢の頭に手を置いてカミュがそう告げると星矢は少し落ち着きを取り戻す
「さすがは現役ベビーシッターだな、カミュ」
「ミロ、口を挟んですまないがカミュはそういうアルバイトはしていない」
「ああ、アテナの邸宅に寄った時以外はせいぜい買い物を済ませて帰るくらいです」
ミロが関心しきりで呟いた言葉に、氷河とアイザックは怪訝そうな表情を浮かべた
(お前ら二人の事をさしてるんだと思うぞ?)
青銅の少年達は口には出さなかったがそう思ったのだった



と…そこに割り込んできた強大な小宇宙を皆が感じ、振り返る
「ったく!ちょこまかと逃げ回るんじゃない!捜す方の身になってくれ」
「…あれ?海龍…確か聖域に行かれたのではなかったんですか?」
アイザックが首を傾げて問うとカノンは軽く手を上げてそれに応じる
「まぁな、せっかくの休暇だというのに言う事も聞かずに逃げ回るヤツとそれに付き合うヤツのおかげで忙しくなった」
「カノン!言っておくがこのまま何もしなければこの状況が続くだけなのだぞ、冗談じゃない!!」
「何を言ってるんだ!お前の兄も言ってただろう、どんな状況でも受け入れた上で最善の行動を取れと
その証拠にアイツは
『弟が呪われて妹になった』なんて事態も受け入れているではないか」
多分、アイオリアにとっては受け入れることなど出来ない事態だろうなぁ、と少年達が心中で呟く
「で?似たような立場のお前は一生その姿で居る事は受け入れられるか」
「…出来るか、馬鹿」
カミュに問われたミロはにべもなくそう返した
「カノン、ミロもこう言っている…アイオリアの心境も同じようなものだと思うのだが…」
「アイオリアをアイザックや氷河に置き換えて考えろ」
「………アイオリア、
人間は諦めが肝心だ
「お前なんか嫌いだ」
助け舟を出したカミュだったがカノンの返しに数秒悩んだ後、アイオリアに向き直り、そう告げる
アイオリアの方はと言えば半泣きでそう答えるに止まったのであった



          
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